【全体講評 : 大野秀敏審査委員長 】
今年は昨年より応募が増えた。街並と言う共通の関心をもった卒計だけを対象とする賞のユニークさが応募者に浸透して来ているとすれば、それは我々関係者としては大きな喜びである。
この賞の最大の特徴は、言うまでもなく旅行資金が副賞として与えられるということにある。モノを作る専門家としてモノを見ることは基礎的なことであり、建築家の若き日の旅ほど、建築家の思想形成に決定的な影響を与えるものは無い。審査は、卒計の作品としての評価が選考における大きなポイントになっているのは事実であるが、研修計画が観光旅行まがいのものだと作品の魅力も減ってく。実際、過去に入賞した人達は新鮮な旅行計画を提出していただいた。応募者の街並に対する視点の鋭さが自ずと現れていると感じた。それは設計にも研修計画にも現れるのであろう。
この賞の隠れたユニークさは審査体制にある。立ち上がり時は東京大学工学部建築学科の芦原研究室で学んだ者から任意で審査にあたったが、芦原先生が、1980年に退官されているので、当然のことながら卒業生もそれなりの年齢になっている。本賞の受賞者が海外研修を終えて戻り始めたので3回目から、彼らにも審査に参加してもらうことになった。審査団がぐっと若くなっただけではなく、来られる人がぶらっときて作品を見て、それの価値を議論する運営方法は、他の同種の審査会には見られない自由な雰囲気に満ちている。
今年は、外国からの留学生も入賞された。芦原先生は常に国際化の必要性を力説されていたが、こうした形でも本賞が国際化の推進役としていることに先生も草葉の陰からお喜びであろう。
【第8回「街並みの美学」トラベルスカラシップ 受賞者】 (受付番号順、敬称略)
■ No.02 竹村 由紀(東京大学大学院) 「まちとたてもののこれから」
研究旅行テーマ:歴史的な街並み・建築の継承手法とそこに介入するデザインのあり様について探る
訪問先:アメリカ
【講評 : 中島弘貴審査員(第6回受賞者)】
竹村由紀さんは、奈良県の江戸中期から現在までの様々な時代の建物が断片的に残る町を、大きな旅館として、改修する計画を提案。その様々な時間的、空間的ス ケールで構想された計画の緻密さは高く評価され、主に設計した庄屋の改修も様々な時代の断片を再構成したもので、その継承の取捨選択の方法論によって、不 確かなその地域の固有性がデザインとして巧みに再興されている。
研究旅行は卒計の対象敷地と同様、特定の年代に固まって街並みの残っていないアメリカの都市を選定し、その継承の仕方を調査するという計画で、大変興味深いものである。
■ No.16 YAP MINWEI (横浜国立大学大学院) 「植えた木は切らない」
研究旅行テーマ:人々の生活が蓄積される都市 訪問先:トルコ、イスラエル、イタリア
【講評 : 二宮佑介審査員(第5回受賞者)】
ヤップ・ミンウェイ君は、故郷であるマレーシアのクアラルンプールを敷地とし、近年アジア圏で乱発しているスクラップ・アンド・ビルド型の大規模再開発に疑問を抱き、地域固有の暮らし方を継承しながら発展していくための方法を提案した。日本から母国の様変わりしていく街並みを観測し、その場所に住まう人々にとって本当に幸せな都市の未来を考えようとした彼の信念が高く評価された。
研究旅行は、長い時を経て文化が積層された街並みをもつ都市を巡り、時代を超えて現存する街並みに暮らす人々の生活を考察するという。成果が見えづらい研究テーマなだけに、彼がどのような切り口で研究をまとめあげるのか非常に楽しみである。
■ No.22 桐畑 理恵 (京都工芸繊維大学大学院) 「身近な庭、内湖」
研究旅行テーマ:5つの運河周辺における建物とオープンスペースのあり方 訪問先:オランダ
【講評 : 竹内吉彦審査員(第5回受賞者)】
桐畑理恵さんは、琵琶湖とその周りの都市の関係を、巨大な自然物と無機質なビル群が分断された状態と捉え、琵琶湖特有の自然環境である「内湖」を利用したオープンスペースをつくることによって、周辺のアクティビティを引きこみ、両者の間をつないでいこうとしている。
5つの運河に囲まれているオランダの都市アルクマールでの、役割の異なるそれぞれの運河の成り立ちや使われ方の研究計画は、卒業設計における「内湖」の特性を活かした、葦の生長や季節に伴って変化する空間作りを発展させるものとして有効であると認められ今回の受賞に至った。