【審査報告と講評】 大野秀敏 審査委員長
故芦原義信先生が提唱された「街並みの美学」の理念の深化と継承を願って設立された「街並みの美学トラベルスカラシップ」は今年で第4回を迎えた。評価対象は卒業設計と研究旅行計画で、自由応募に基づき、審査は芦原会と本スカラシップ受賞者のボランティアで行なわれる。芦原会は東京大学建築学科芦原研究室で芦原先生の教えを受けた者の集まりなので当然年々高齢化してゆく(最若年は今年で52才である)。これでは魅力の無い賞になってしまうので、昨年度から過去に受賞した人にも審査に参加して頂くことにした。かくして、他に例の無いユニークで創造的な審査が可能になった。
今年は32作品の応募があり、審査会は6月8日(月)にA-ARCH.BLDGで行なわれた。審査に参加したのは、芦原会から加藤隆久、榎本弘之、小林正美、青島裕之、上野武、それに私大野秀敏。スカラシップ受賞者からは宇那木崇広、北雄介、金野千恵、櫻田和也、荻原秀祐が加って合計11人であった。
本選考は、「応募者が行った街並みに関わる卒業設計作品と研究旅行計画」によっておこなっているが、「街並みに関わる」というシンプルな表現が応募者に見過ごされているかもしれない。審査のなかでは、「都市のなかの一群の建物を対象とした計画」という認識で当たっているが、必ずしも道路沿いの建物群による「街並み」でなくてもよい。ある地区の街作りの提案も該当すると考えている。そこまでは広く捉えたいが、田園地帯に孤立して建つ建物は、いくら優れた計画であっても賞の対象にはしない。旅行計画も「街並みに関わる」テーマが望まれる。単なる名作、話題作見て歩こうという計画は歓迎しない。卒計での関心を発展させた計画が好ましいことは言うまでもないが、これはもう少し広く受け入れている。また、旅行計画と卒計の両者は、一緒に見て全体で評価している。
【第4回「街並みの美学」トラベルスカラシップ 受賞者】 (受付番号順、敬称略)
■ No.26 和田郁子 (東京芸術大学大学院) 「音街-オトマチ- 音の聴こえる坂の街」
研究旅行テーマ:都市の色について 訪問先:チュニジア、モロッコ、マラクシュ・・・
【講評】
和田郁子さんの卒計は、神楽坂から一筋入った地区のあり方を提案している。建築家は、居住環境をもっぱら視覚的に捉えるが、実際には人々は五感で感知している。作者は、音だけに絞り込み環境を再構成しようとする。このデリケートなテーマを、建築の卒計である以上最終的には視覚的に表現しなければならない根本的困難さがあるが、卓抜した視覚表現技術と優れたコピーライト力で描き切っている。繊細なテーマ展開に対して、建築計画は大規模な再開発計画であることの違和感などの難点も指摘されたが、この人が、街の色をテーマに集落を見に行きますという旅行計画を出してくると、もはや選ばないわけにはいかない。
■ No.28 奥原徹 (東京大学大学院) 「緑の静寂」
研究旅行テーマ:庭園と都市の緑 訪問先:イタリア、フランス、イギリス
【講評】
奥原徹君の卒計は、大宮市の大宮盆栽町を取り上げ、そこに4つの敷地を求め、カフェ、グループホーム、ギャラリーの機能をもつ4つの個性的な木造建築の集合住宅を、それぞれ盆栽と関係づけて丁寧に設計している。たった4軒であるが、これが布石になり、趣の深い街の未来を描き出し説得力がある。住宅地と生産緑地が入り交じる郊外のフリンジエリアの可能性を示唆している点や様式(この場合は盆栽)を媒介としなければ自然との接続もできないと言いたげな点なども瞠目すべきところである。旅行計画は欧州の庭園と都市計画の関係を見ようというものであり、卒計と深い関係もあり、また学術的にも意味深いと評価された。ただ、あまりに正統的過ぎて挑戦性に欠けるという批判もあった。
■ No.31 奥山明日香 (東京芸術大学大学院) 「トウキョウキセイダイドコロ -東京寄生台所-」
研究旅行テーマ:連動する建築 訪問先:アルジェリア・リビア・チュニジア・マリ
【講評】
奥山明日香さんの卒計は、築地市場に隣接する街区のアンコ(幹線道路から隔てられた街区の中側のエリア)の部分に、共同台所と作者がよぶコミュニティのための不思議な形態をもった食事の施設を提案している。プログラムの内容と、大掛かりな屋根の構造物の間の隔たりが気になるものの、造形力は骨太で、内部空間も強さを持っている。立面を持たない計画に「街並」かという疑問もあったが、東京の都市の将来像に対して示唆するところが多く高く評価する意見が大勢であった。旅行計画は地中海沿岸の北アフリカ諸国の伝統的な集落を巡り建築と建築以外の要素の「連動」を見ようというものであるが、卒計に示された空間の質と感性的なレベルでの連続があり説得力がある。