『第四回 三つの著作『外部空間の設計』『街並みの美学』『隠れた秩序』とその後』
芦原義信は自分の目で見、気付き、考えたことを生涯にわたって記述し、日本の建築や都市を西欧と対比することで建築家としての考えを深めてきました。
その軌跡を三つの著作『外部空間の構成』『街並みの美学』『隠れた秩序』から辿ってみたいと思います。
『外部空間の構成』1961年
芦原義信は1951年に初めて訪れたイタリアの広場に感激し、公共的な外部空間が街にとって極めて重要であることに気付き、1961年の『外部空間の構成』から1975年の『外部空間の設計』まで外部空間の研究を継続して著作にまとめました。
イタリアの広場のように建築で囲まれた機能を発揮する屋外空間を外部空間(Pスペース)とし、建物の外部に自然発生的に残された残部空間(Nスペース)と区別して定義し、人間の視覚構造や空間認識研究から外部空間設計に役立つ距離やD/Hなどの指針を導きだしました。
また、内的秩序と外的秩序から日本とイタリアの街の成り立ちの違いを説明し、外部空間の構成により建築と都市の間にある街を、より魅力的なものにすることを提唱しました。
駒沢オリンピック公園計画や武蔵野美術大学キャンパス計画は、建築を群として構成していく外部空間論の研究成果が実際の設計に活かされた事例として挙げることができます。
『街並みの美学』1979年
建築的空間に着目した外部空間論をさらに一歩進めて街並みのスケールに展開させるとともに、歴史・文化や人々の生活意識にも関わる街並みの概念を『街並みの美学』で提唱しています。
和辻哲郎の『風土』を参照しながら、建築の境界となる壁や、意識の境界となる靴を脱ぐ行為を論じて建築の内部と外部を考察し、ヨーロッパの街並みのような美しい都市空間づくりには、自分の家の外部にもこだわるような日本人の意識革命が必要であると指摘しています。
また、塀、電柱、広告など街並みの美学の阻害要素を指摘し、図と地の逆転、入り隅の空間、サンクンガーデン、ポケットパークなど街並みの魅力づくりのための手法についても論じています。
東京が無秩序な街となったのは、戦後復興においてビジョンが曖昧なままに土地所有者の私権擁護を優先したからだと指摘して、魅力的な街づくりのためには街並みの美学を広く一般に浸透させることが必要であると主張しています。
『隠れた秩序』1986年
西欧都市の成り立ちは全体発想で形式が重んじられているのに対して、日本の自然発生的な街は部分発想で内容に応じて生成されていると考え、目に見えない都市生成原理である「隠れた秩序」の探求を行っています。
自宅の書斎には哲学、言語学、文化人類学、社会学、ニューサイエンスなど幅広い分野の書籍が多く残されていました。ブノア・マンデルブロのフラクタル幾何学やアーサー・ケストラーのホロン理論など、建築以外の分野を学ぶことで都市や街を生成する隠れた秩序のヒントを得ようとしていたことがうかがえます。
日本的な建築や都市の構成原理は、形態としての完結性や芸術性に乏しい代わりに、生命体のようにその場の状況に応じて生成流転を繰り返せるリダンダンシーとも言える「隠れた秩序」が存在していると述べています。
日本的な建築や都市の構成原理は、形態としての完結性や芸術性に乏しい代わりに、生命体のようにその場の状況に応じて生成流転を繰り返せるリダンダンシーとも言える「隠れた秩序」が存在していると述べています。
これからの時代は人々の豊かな生活や個性化への対応可能なアメーバー都市が求められ、その構成原理こそ「街並みの美学」に裏打ちされた「隠れた秩序」であると主張しています。
三つの著作変遷
三つの著作変遷は建築・建築群から始まり、街並み、都市へ研究対象のスケールが拡大していくとともに、眼に見えるフィジカルな外部空間の構成から、人間の意識に内在する街並みの美学、都市を生成する「隠れた秩序」へと展開されています。
一人の建築家の思考の進化と展開がわかりやすくトレースできることで、空間の概念や建築・まちづくりを学ぶ若い方々の教科書としても使われてきました。
また芦原義信はこれら三つの著書を通して、広く一般に向けて建築や街の魅力を論じ、「町並み」ではない「街並み」という言葉を一般化させるとともに、建築や都市にはそこに存在する人間にとっての美学的観点も重要であることを訴えました。
都市を生成する原理としての「隠れた秩序」の存在を指摘しましたが、その秩序が何であるのかは具体的には明らかにされていません。
最近、中国や台湾などではこれらの著作の新たな出版ラッシュを迎えており、西欧のスタイルのコピーを卒業して、自分達で地域に相応しい建築や街づくりを考える時に芦原義信のわかりやすい著作が大いに参考になっているようです。
皆様もあらためて『外部空間の構成』、『街並みの美学』、『隠れた秩序』の三つの著作に触れることで、時空を越えて思わぬ発見があるかもしれません。
おそらく芦原義信は「隠れた秩序」の更なる解明を私達に期待しているのではないのでしょうか。
私も息子として、そして芦原建築設計研究所の後継者として、その残された課題の探求を続けていきたいと考えています。