2021.06.30

寄稿:『風媒花』佐倉市芸術アーカイブ 2021 No.34

特集 佐倉の近現代ランドマーク
国立歷史民俗博物館 昭和58年(1983)

国立歴史民俗博物館の建築と芦原義信
芦原建築設計研究所 所長 芦原 太郎

国立歴史民俗博物館は、日本の歴史と文化について総合的な展示と研究活動を行う施設として1983年に開館しました。
敷地は由緒ある佐倉城址の武家屋敷跡であり、延床面積約3・8万㎡もの巨大な建築が半分地下に埋め込まれる形で計画されています。
この建築の設計者は、建築家芦原義信で、私自身も父の設計事務所の新入りスタッフとして設計に関わりました。


●博物館の建築を見てみよう
型枠打込み大型タイルの重量感ある外壁
最初に目に飛び込んでくるのはどっしりとした重量感のある外観ですが、佐倉城址のこの場所には城壁のイメージが相応しいと建築家は考えて設計されています。
外壁は型枠打込み大型タイルというタイルを型枠としてコンクリートを流し込む特殊工法で、一般のタイル張りとは違って剥がれ落ちることなくコンクリートをしっかりと風雪から守り、極めて高い耐久性を持つものです。
長い歴史を展示する博物館に相応しい寿命の長い建築づくりへの思いを、この大型タイルの外壁から感じ取ることができます。
国立国会図書館や上野の東京都美術館などでも、耐久性を求めてこの型枠打込み大型タイル工法が使われていますので、ご覧になった時には思い出していただければと思います。

中庭を囲む展示空間
パリのルーブル美術館のような巨大な施設では、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうことがあります。この博物館の展示室は四角い中庭を囲む形で2層に渡って配置されているために、中庭に出てきて自分の位置を確認することができますし、場合によっては展示導線をショートカットすることも出来るようになっています。
展示室面積9,000㎡で展示導線全長2kmもの巨大な展示空間ですが、この中庭を囲む導線計画や平面計画により、迷うことなく楽しく見学できるように工夫されている点がこの建築の大きな特徴となっています。

正統派モダニズム建築
この建築は、展示物鑑賞という機能のために空間構成を工夫して、その内部展示空間のでこぼこした形が外観に現れて、城址に相応わしい城壁のイメージとなっています。この点から考えると、20世紀初頭のヨーロッパに起源を持つ装飾を排した正統派モダニズム建築のスローガン「form follows function-形は機能に従う-」をこの歴史民俗博物館の建築は、まさに体現していると言えると思います。


●建築家芦原義信の歴史を振り返ってみよう
芸術文化や海外への憧れ
芦原義倍は、1918年に江戸時代から続く医者の家系に生まれ、画家の叔父藤田嗣治やバレエ・シャンソン評論家の兄蘆原英了の影響から文化的なものに憧れ、科学技術と芸術文化の双方を併せ持つ建築を志しました。父がドイツで医学を学んだことや叔父のフジタがパリで活躍していたことも海外への憧れを募らせ、西洋から本場の建築を学ぶことを目指しました。

ハーバード大学留学とバウハウスの思想
芦原義信は、第二次大戦後の復興期にフルブライト留学制度の第一期生としてアメリカ留学を果たし、ナチスから逃れたグロピウスやマルセル・ブロイヤーが新しい建築デザイン教育を始めたハーバード大学でバウハウスの流れを汲む正統派モダニズム建築を学ぶことが出来ました。
バウハウスは、1919年にドイツのワイマールに設立され、新しい時代を構築するデザイナーの養成を目指した校長のグロピウスは『バウハウスの本質は新しい様式をつくりだすことではなく、人々の生活を基本として環境の統合を目指してデザインして行くプロセスにある』と述べて、王侯貴族ではなく市民のためのモダニズム建築を推進しました。
芦原義信は、教授陣から『be creative, be original』-人のまねをしないで自分のオリジナルなデザインを考えよ-と教えられました。

正統派モダニズムデザインの実践
芦原義信の建築家としての信念は、この留学で方向づけられ、終生に渡って正統派のモダニズム建築を追求する事となりました。
帰国後、地方都市の復興や近代化を担う公共施設の依頼を多く受けて、八代市厚生会館、香川県立図書館等のコンクリート打放しのモダニズム建築を精力的に設計し、駒沢オリンピック体育館・管制塔や武蔵野美術大学キャンパス計画では、建築を群としてデザインする事で外部空間の構成に踏込み、ソニービルや富士フィルム本社ビルでは、建築と都市の関係を意識して人々のアクティビティ形成や景観・街並みへの貢献を意図していました。


●戦後モダニズム公共建築の集大成
この国立歴史民俗博物館は、国にとっては日本の歴史を総括する文化行政の集大成とも言える公共施設であり、芦原義信にとっては同時期に設計した第一勧業銀行本店と並び正統派モダニズムデザインの集大成とも言える建築となっています。
国立歴史民俗博物館の西谷大館長は、『人類の歴史を広い視野で見る力』『過去や異なる世代を想像する力』『異なる世界観や価値観を持つ他者に対する共感カ』を養うこと、そうした力を持つ次世代を育てていくことを目指して博物館の活動展開を考えていらっしゃいます。
このモダニズム建築が長い年月の風雪に耐え続け、新しい活動展開にも対応しながら次の時代にもお役に立ち続けていくことを祈念したいと思います。

諸元

発行
佐倉市教育委員会
発行日
2021年6月30日